graymold

「練習の種類」は基本的に2つしかない。

「意識してもできないことを、意識することでできるようにすること」
「意識すればできることを、無意識にできるようにすること」

…というのが師の言葉。

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もうすでにモーツァルトの時代に、この「点」が「スタッカートの点」と呼ばれることがあったとはいえ、「スタッカート」や「スピッカート」は、ただ単に「レガート」(スラーをかけること)に対する「スラーをかけないで個々の音を独立させて」という意味に過ぎなかったことを十分に考慮する必要があるだろう。もちろんスタッカートでもカンタービレで、つまり、歌うように演奏することはできたのだ。(およそ1700年頃から、「ラルゴ・エ・スピッカート」という表示を持つ緩徐楽章が数多く見出せる)。
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たとえばモーツァルトの時代には不協和音とその解決音にスラーをかける必要はなかった。この二つの音符が1個のペアであることは自明のことであり、従って演奏家は何も記されていなくともスラーをかけなければならなかったのである。
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第一の例では、h1の前打音は4度の掛留音、つまり不協和音であり、3度に解決する。これは「長め」の8分音符のように演奏されなければならない。ピアノのデュナーミクのまま非常な緊張感を伴って解決音である主音へ向かって消えてゆくのである。このような不協和音が解決されることを、かつての人々は「離反」(abziehen)と呼んだ。
 ところがこれが単なる二つの8分音符だとすると、その表現は上述したような説得力を失ってしまう。
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ところが今日では、例えば楽譜に16分音符で書いてあればそのまま16分音符で弾いてしまう。しかしこれはただの16分音符ではないのだ。
 前打音ならば他の音符よりも、一層の重みや、長さや緊張感が伴わなければならない。
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トリルという概念が演奏の中に持ち込まれたのは14世紀頃といわれているらしいが、16世紀までは、当時の理論書や装飾法の手引書によると、上からではなく、その音から始まるのが一般的であったのが、17世紀に入ってからは上から始めるようになっていったのだという。みんな、知ってたかな?
 バッハは後期バロックの作曲家なので、歴史的流れからすると上の音からトリルを始めるのが一般的には正しい、とまず認識しておこう。
 では、何故上の音から始めるようになったのだろう?それには、まずバッハの時代の音楽家に装飾法がどのように認識されていたかを知っておく必要がある。
 バッハと同時代の作曲家・フルート奏者クヴァンツによると、装飾は本質的な wesentlich(定型化した)方法と任意な willkurich(自由な)とに分類される。本質的(英語で言うとエッセンシャル)な装飾とは、ある旋律を飾り立てるために、また旋律にいっそうの輝きを与えるために用いられ、それに反して任意の装飾とは旋律から感じ取られ、旋律の構成要素として旋律の中に完全に溶け込むものである。
 18世紀には前者は『フランス式』装飾と呼ばれ、後者は『イタリア式』装飾と呼ばれた。トリルとかその他記号化されたものはこの『フランス式』装飾ということになる。
 ここで、またまた我が社のK保さんの登場である。彼女の書き込みを見てもらいたい。
 
その2。トリルを上からはじめる理由。
非和声音から始まることにより、緊張感が伴う。トリルがあるのは、何がしか理由があるとも考えられるから、それがよりわかりやすく、演奏者にとってもよい・・。
 
 ここで大切なのは「緊張感が伴う」というところである。バロック期の音楽は、音楽の形がより複雑になっていくにつれ、より劇的な表現を求めるようになっていった。みんなあまり初期のバロック音楽なんか聴かないと思うが、昔はチェンバロやヴァージナルといった鍵盤楽器も両手3本指ずつで弾いていたのだぞ。親指と小指は使わなかったのだ。当然指くぐりなんかもしないから、そんなに起伏のある音楽にはなるはずもない。
 それが、どういう方向に進んで劇的な音楽表現に結びついたかといえば、そのキーワードが「非和声音」なのである。非和声音による緊張とその解決による弛緩・解放こそが後期バロックの特徴的な表現スタイルであり、緊張と弛緩というある種の快感を伴う一連の音進行は、バロック表現の本質と言ってもよいかもしれない。
 ここまで書けば察しがつくと思うが、上の補助音から始まるトリルにはそういったバロック表現の本質的な要素が凝縮されているのである。
 もちろんこれは最もベーシックな形であり、速さや長さが使われている場所によってさまざまであるのはもちろんのこと、下の補助音から始まる非常に情緒的なトリルや、例外的にその音から始まるトリルもある。(音の持続を目的とした長いトリルは大抵その音から)
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「バロック音楽では、トリルは1つ上の音から始めるのが原則だ。それが、モーツァルトの時代になると1つ上の音(副次音)から始めることが「良い趣味」であるといわれていて、一概に「原則」とはいえない状況になる。現在、モーツァルトの音楽のトリルは副次音から始めるべきであるという説と、主要音(楽譜に書かれている本来の音)からであるという説とに二分されているが、私は主要音から始めるのが良い場合が多いと思う。
少なくとも、

1.旋律の初めのトリル
2.旋律線を壊す危険性のある場合
3.アポジャトゥーラにつけられている場合(ただしアポジャトゥーラと同じ音がその直前にある場合はには、一つ上の音から始めるのも良いかもしれない)
4.不協和音につけられたトリルは上の音から始めると不協和の響きの効果が失われてしまう
5.バス音にかかれたトリルは上の音から始めるとバス本来の意味を成さない
6・音階的に上昇するパッセージの終結のトリル
7.比較的短い音にトリルが付けられていて、その前に同程度の長さの音がアウフタクトとして書かれている場合
8.小節の最後に短い音があり、続いて次の小節にトリルのついている長い音符が同じ音で書かれている場合、上の音から始めると前の小節の最後の音からトリルが始まったように聴こえてしまう
9.旋律が半音階的に動き、それぞれの音にトリルが付されていると、半音階的進行が不明瞭になる、などの場合には主要音から始めるべきであろう
                 (吉田雅夫「フルートの心(アルソ出版、
1998)」
 モーツァルトの音楽では、トリルの前に前打音を書いている場合が多い。これらのことは、モーツァルトの時代にはトリルは本来の音(主要音)から始めていたということを示している。
モーツァルトの弟子のフンメルは、
1828年に書いた教則本のなかで「トリルは主音から」と指示している。そしてピアノの教則本で有名なチェルニーは1841年に出した教則本の中でトリルは主音からとし、以降それが慣例として定着した。そして1つ上の音からトリルを始めたい場合には、装飾音符として指示するようになったと考えられる。)」連載 教育現場の吹奏楽指導 その6「バロック音楽とクラシック・ロマン派音楽について」より
conductor-no.8
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webz:

俺も場末の酒場が大好きで、できる限り入ってみようとは思うものの、やっぱり入りづらい雰囲気があって躊躇することも多い。インターネットとかで検索かけてみても、そういう場末の酒場の情報を持ってる人って一番インターネットに遠い世界にいる人達らしく、全然出てこない。

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corgle:

happen

corgle:

happen

(Source: bring-me-the-microwave)

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神よ願わくばわたしに    変えることのできない物事を    受けいれる落ち着きと    変えることのできる物事を    変える勇気と    その違いを常に見分ける知恵とを    さずけたまえ
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